第１回　首都高を取材することに・・

きっかけは500円通行

東京を中心に神奈川、埼玉、千葉各県に数多くの枝線を広げて、首都圏の大動脈となった首都高速道路。供用総延長は200.9kmに達し、1日の利用車数は最大113万台を数えるまでになった。
料金は普通車で600円（神奈川地区は400円）。首都高速道路公団（浅井新一郎理事長元建設省技監）は料金収入を1日に5億円以上稼ぎ出す。528万人の乗客を運ぶ営団地下鉄の日銭収入がやっと5億円。首都圏最大手の私鉄 東武鉄道で1日平均運賃収入は2億3,000万にしかならない。首都高はわずか4半世紀で、100年以上の歴史を誇るJRに続く巨大な交通網を築き上げたわけだ。

その首都高で今、値上げ以前の旧料金500円を払い、難なく料金所を通過するグループが話題と関心を集めている。正規料金を払わなければ通れないと信じこまれていたのに、意外と簡単にパスできるらしい。

「500円で実際に走り、どういうトラブルが生ずるか体験してほしい。そのうえで、渋滞が日常化するは値上げも勝手にするはの首都高の問題点摘出を・・」

本誌編集部から注文が寄せられ、気軽に喜んで引き受けた。あり得ないはずのことが何故まかり通るか以前から注目していたし、首都高への批判、不満を数々持っている点では人後に落ちないからである。

突出挑戦中の和合秀典氏に会う

盲点を衝き、500円通行に突出挑戦中の金属加工工場経営者・和合秀典氏（和合ダイカスト社長）に会うため、2月12日夕刻、横浜の自宅を出てマイカーで 池袋に向かった。首都高の用賀料金所で料金不足通過を初体験しようというのである。だが、正直に告白すると、その時はもう「気軽に喜んで」の気持ちが消え 失せ、重苦しいものに変わっていた。たかが100円をめぐってのトラブル。どうということはないはず。それなのに恥ずかしながら胸がドキドキ音を立てる始 末。緊張する自分が情けなかった。

それ以前、首都公団への取材で浅井理事長や旧知の野村副理事長（東京都前副知事）から「500円 通行はルール違反。馬鹿げたことを絶対にしないでほしい」とくどいぐらいにお願いされ、また「不足料金は割増金や手数料を含め、3倍以上を必ず請求する。 最終的には差し押さえ措置を辞さない」と警告された。
おまけに電話で面会の約束を取りつけた際、和合氏からは「ただ乗りや乗り逃げが目的ではない。安易で一方的値上げへの抗議行動です。その趣旨を名刺に書 いて500円と一緒に料金所のおじさんに渡してください」と注意を受けた。料金所を無料で突破するゲームを楽しむ暴走族の若者たちとは違うのだからとの説 明であった。

公団側のはたらきかけ

500円通行を断念出させようとする首都公団の規制はすさまじいものだった。1部を再現しよう。

「文藝春秋ともあろうところが（そういう企画を試みるとは）ちょっとどうかなと思いますよ」（浅井理事長）

「それだけは困ります。編集部から話があったとしても是非やめて頂きたい。勘弁して下さい」（野村副理事長）

「伏してお願いしますよ」（浅井理事長）

「やられたら、私どもは（催促の）電話をどんどんかけ、職員が（催促のため）直接（お宅へ）行きます」（野村副理事長）

「もしもやると10日後に警告書が届く。それでも払わないと納入告知書が行きます。最後は不足料金と割増金を強制的に差押さえちゃう」（浅井理事長）

渋滞を解消し、値上げ時期を遅らせる努力を怠る首都公団の尻を叩くには、しかし、利用者側の料金不払い抗議行動が効果的。好きでやるわけではないけれど試みる価値はありそうだ。そう主張する当方に対して、あとは同席の総務長官、広報課長らが脅しをかけた。

「言論の自由ですから、料金が高いと値上げに反対するのも結構。だが、社会のルールをきちんと守ってからにしてください」

「料金不足通過は不法行為ですからね。警察だって黙っていないはず」

「和合には（と呼び捨てにした）1週間ごとに3倍の料金を請求しています。正規料金を払う一般利用者に申し訳ないですからね。すでに60回ほど不法通行し ているが、複数回やっているのは和合１人だけ。”フリーウェイクラブ”とか、彼につられてやった人はそんなにいない。１回で終わっている。あとでこっそり 料金を払ったのが相当いるんです」

心臓強さを自認する私ながら、これだけしつこく翻意を促されると当初に抱いた好奇心が萎える。どうせ名刺を渡すのだ。料金所を無事に通り抜けられたとして も、不足分を後で請求される。差し押さえ無効を訴えて裁判で争うつもりまではない。旧料金支払いの際に、トラブって後続車に迷惑をかけたくない気持ちもあ る。 　最初は勇み立ったのに、いざ本番の用賀料金所に近づくにつれ、大胆なオモシロ企画をホイホイ引き受けた軽率さを悔んだ。このままＵターンして引き返した くなった。

せめて1度くらいは挑戦するべきだ

私は首都高速ボイコット派である。渋滞が常態化する首都高速では目的地への往来予定が立たない。電車利用のほうがはるかに正確だ。第一、断然早く着ける。 首都高利用は貨物運搬が必要な時だけ。それも道路のすく深夜に限る。昼間の首都高速を使わないようになって、すでに久しかった。ハイヤーでの無料送迎を申 し出られても混雑時の東京−横浜間往来はお断りする。動かぬ車の流れにイライラさせられるだけで不快だし、健康に悪い。

重い気分で ハンドルを握りながら、首都高への不満、憤りはさらに強まった。この先が渋滞か否か定かではない。ただ、常時渋滞と覚悟しなければならない。「午後７時、 池袋駅前」の約束に、おかげで午後４時半自宅出発を強いられる。電車なら１時間半足らず。クルマで２時間半もかけるとは沙汰の限りである。だが万が一、大 渋滞を警戒し初対面の和合氏を待たせるわけにはいかないとあっては早目に家を出るしかない。
予定を立てられない渋滞道路が、ユーザーにどれほどの迷惑をかけるか。道路建設・管理関係者に、渋滞遭遇以前に早くも強いられる時間のムダ、時間的、エネルギー的（石油と心身両面の）ムダを全国累計、年間合計した天文学的数字について指導したい思いにかられる。

旧料金と新料金と100円の差を衝き、和合氏が最終的には裁判での決着を覚悟して首都公団に”あいくち匕首”を突きつける。突出行動の重さ、パンチ力をあ らためて思った。ここは私も逃げずに、せめて1度くらいは挑戦するべきだ、とひるむ弱い自分をムチ打って用賀料金所へとクルマを乗り入れた。