第4回 公団の夢と現実

夢の大きさ

走っては止まり、またちょっと動く不連続渋滞の状況を「アコーディオン」現象と呼ぶ。アコーディオンを押したり引いたりするように、ブレーキを踏んだり、アクセルを踏んだりを繰り返しながら、やっとのこと谷町インターで都心環状線に合流した。
「一ツ橋—両国 渋滞8キロ」の表示にガクッとさせられる。幸いにして、今は一ツ橋の直前の北の丸で、池袋放射線に左折するコース。約束の時間に何とか間に合いそうだ。

10年後、また和合さんに会うべく池袋に行くとして、中央環状線は依然供用されておらず今回と同じコースを通るしかないのか。また、この長い霞ヶ関や千代田トンネルで、前の車が動き出すのをじっと待つのか。そう考えると、情けなくなってくる。

「ドライバーが楽しくなる夢を少しは語って下さい」

注文をつける私に、浅井理事長はわずか7キロの長さの道路建設、次なる開通供用にかける夢を語りながら、実は、現在の厳しさを説いた。

「今、 全力で取り組んでいるのが、中央環状線を西に延長する板橋足立線の建設です。計画決定に先立ち、大気汚染や騒音について沿線住民の厳しい審査をくぐりぬけ たことで有名な、あの通称”王子線”ですよ。距離は短いが、開通すると大きな網の目効果が期待できる。5年後の67年度完成を目指します。実際はもう ちょっとかかってしまうでしょう。大事な網が切れているのをここでつなぐために、短い割に金と時間をたっぷりかけた。どうやら何とかメドがつきかかってき ているのですけれども」

大きな夢を知りたいのに、何と小さな夢であることか。東京オリンピック開催に間に合わせようと、羽田空港—都心部間の1号線建設を急いだ30年前のほうが、はるかに勢いのあるエネルギーにあふれていた。大きな夢を持てた。

致命的な出遅れ

道路建設について、公団に同情したいのは、周辺住民の協力とりつけが至難のなったこと。王子線にしても、都討審で計画ゴーサインが出されたのは、予算化さ れて5年も後の61年3月だった。アセスメント条例が初適用され、公団は地元説明会に不慣れな汗を流しっぱなし。金は用意したのに用地買収を手がけられな い期間が長すぎた。その間に地価は狂乱した。不幸なことに、高騰した地価のあとを追うようにして、ようやく用地買収が始まった。買収交渉が本格化したの は、昨秋以降。目標年度内の工事完了が達成されるか否かは、あげて今後の交渉成立次第にかかっているのだ。

予定された建設単価は1キロあたり200億余円。7キロの短い環状道延伸に1500億円が必要と算定された。地価高騰のあおりを受け、今では2000億円の予算を計上しても、資産不足が避けられない。
浅井理事長は、そこまで言及しなかった。
「短い割に金と時間をたっぷり」の内容を突きつめ取材してわかったことである。「楽しくなる」どころか「夢のぶちこわし」。8合目から頂上を目指しての苦しい登山と同じである。

主だった地方都市を東京につなぐ幹線高速道路は、東名、名神、以下南から東回りに、中央、関越、東北、常盤、京葉、東関東と7つに上る。その全てを首都 東京の境界線でがっちり受けとめ、必要以外のクルマを無用に都心部に入れないようにする狙いで構想されたのが1番外側に位置する外環状線。本来なら、(現 に走路先進国の欧米では当然のように実施されていることだが)まず、外枠での太い動脈適受け皿道路を建設するのが常識。先進国の道路づくりは、日本と順序 がまったく逆なのだ。いや、日本が早くスタートしたにもかかわらず、先進国を見習わなかった。その報いを今、高速道利用者の全てが痛いほどに味わってい る。

「首都高速動画計画では世界最高なのに、十分に機能せず、利用客に迷惑をかけている原因は、1番致命的な部分での外枠環状道路づくりが遅れたことなんですね」

日本で自動車専用高速道づくりが始まった昭和30年代初期、建設省道路局の若手技官 企画課課長補佐として、最初から高速道整備計画に携わったベテラン、それだけにまた責任も重い浅井理事長の反省の弁である。

致命的な部分での遅れ。東京に乗り入れる主要幹線高速道の建設を担当する日本道路公団は、流れ込む自動車の大群を自らの責任で各方面に分散するべく、外郭環状線づくりまでを仕事範囲と定めた。
7幹線道の全てが東京乗り入れを果たした。だが、1番大切な受け皿作りは遅々として進まない。埼玉県内に終点のある常盤、東北両自動車道、都との県境に ある関越自動車道の3つを結ぶために、同県内を東西に横断する外北部環状線の北側部分だけは、かろうじて工事が進められている。王子線と同じく、67年の 開通が目標だ。

しかし、中央環状線の西側部分行き詰まりと同様に、外環状線も東京都内部地区での計画がさっぱり進まない。昭和40年代初めには、都計審でいったん計画決 定されたのに、高級住宅地を断固死守しようとする住民の反対運動に恐れをなしたのか、凍結がいつ解除になるかの見通しは立っていない。
結びつけ、つなぎ合わせて、初めて網の目効果が発揮される。大動脈の東名や中央自動車道は首都高との縦のつながりは実現したが、横で互いに結びつく宿題は、早くとも数十年先に持ち越されよう。

20年、30年前に検討され、予測されたモーターリゼーション時代の到来。決定された道路整備計画のほうは、目標の半分しか達成されず、逆に自動車の台数 予測は過少のミスで実際には見通しの倍のペースで急増した。結果として道路容量の4倍の自動車で混み合う。渋滞するのは当然の成り行きだ。

ハードとソフト

だが、この日は渋滞したものの、首都高の流れはいつもと比べれば、格段に良かった。約束の時間より30分早く池袋に着いた。ラウンジ風パブで和合氏を待つ間、首都公団理事長、副理事長と論争を交わした”和合対策”を振り返った。
いくら値上げに反対だからといって、旧料金での料金所突破は、普通なら非難を浴びる行動である。にもかかわらず「面白い話題」として新聞やテレビ、週刊 誌に報道され、人気を集めつつある。和合氏は「英雄」になった。同志の輪が広がり、集団で料金所突破を試みる「フリーウェイクラブ」までが結成された。非 難する声より、「やってくれるじゃないの」との共感のほうが圧倒的に多い。「何故だと思いますか」と問うことから、ソフト論争が始まった。

道路建設というハード面でのつまずきが、首都高の機能をマヒさせている。公団自身が認めており、利用者の誰1人として異論のない、諸悪の根源である。その 上困ったことに、ハードの遅れは簡単に取り戻せない。網の目整備を利用者が強く望みながら、早期実現を半ば諦めざるを得ない。
しかしハードが駄目だからこそ、ハード欠陥を補うために、ソフト面での知恵の発揮や工夫改善の努力がされて当然である。欠陥道路を責めて有効活用するソフトサービスが必要ではなかろうか。

役人にはハード偏重の悪癖がある。厳しい自由競争にさらされる民間企業ではソフトサービスの充実を重視する。国鉄が民営のJRとして生まれ変わったとた ん、汚れて不快な場所の代表だった駅トイレをきれいにし、使いやすいよう改善した。ソフトサービスの大切さに気がついたからに違いない。
官による高速道管理でもソフトの遅れは否定しがたい。ハードの悪さにギブアップせず、渋滞慢性かを解消すべく、首都公団は何故もっと努力しないのか。
諸問題の質問に浅井理事長が反論した。

「ス イスイと流れるためには、自動車が入ってくるのを最適量に押さえておけば、渋滞はしない。といって制限しすぎると一般道が迷惑する。それで混雑時に1部の 料金所で入口閉鎖してコントロールする。民間経営なら高速道路の評判を良くしておこうと、入口閉鎖をもっと多用するでしょう。一般道のことも考える公団の つらいところです」

役人がソフト思考に如何にかけているか。利用者に迷惑を強いる流入制限をすぐにするのは、いかにも役人的発想だと毒づかざるを得なかった。

「い や、そんなことはない。ソフトの遅れは認めますが、情報サービスに力を入れています。首都高200キロの全線で1400ヶ所にセンサーを置き、渋滞情報を 官制センターに集める。どのルートを選択したらいいか、刻々と変る情報を利用者に伝える図形情報を9ヶ所に設けました。渋滞が赤で、混雑が黄色です。世界 に誇れるサービスと思いますが」

官僚に限らず、日本人全体がソフト思考に弱いとされる。コンピュータでもハード面ではアメリカに追いつき追い越したが、ソフト面での差は開くばかりと嘆 かれる。道路を有効活用するソフトの工夫は、交通工学の学会を含めて、これからの課題といえるだろう。現状は思いつき程度でしかないのが歯痒い。渋滞が何 故生じるのかの研究でさえ、今はまだ充分に取り組まれていると認めがたい。

当方にしても、やはり思いつきの域を出ないと自覚するが、首都公団がなぜもっと積極的に取り組まないか、常々不思議でならない改善策が3つあった。

1.深夜の料金を割り引きサービスして、昼の利用者を少しでも深夜急行にシフトさせるよう公団が誘導すること。

2.交通事故発生の際、交通警察官のノロノロした現場検証を改め、障害物撤去を最優先させること。

3.渋滞地区からの脱出をしやすくするため、緊急避難口を1キロ置きに設けること。

どれだけの効果が上がるか定かではないにしても、まずトライしてみる、積極的な姿勢が求められているはずだということを強調した。

「夜の料金を安くするのですか。僕らにそういう発想はなかった。話としても聞いたことがない。深夜料金の設定で、利用者が若干は夜間走行にシフトするのかなあ。研究をしてみましょう」

しきりに驚く公団トップの反応に、こちらがおどろいてしまった。検討をしたことさえないとは信じられない思いである。首都公団はサービス改良委員会を設 置し、野村委員長を中心に鋭意検討中という。既に便所や電話を緊急に設置したし、2月末までには改善策を発表する予定があるそうだ。JAFと協力して事故 車の撤去をトラックで30分、普通車で10分短縮するとか、利用者とのコミュニケーション確立のため、グリーンポストを設けるとかで、重い腰をようやく少 しは上げるつもりになったらしい。「和合効果」が早くも現れつつあるのだ。
公団は「和合氏の動きとは無関係」と言い張るものの、それでいて両トップは「薬になりました」と正直に認めるのである。

劇薬人間の役目

尻を叩くには、少々手荒なことをしたほうが、やはり効果的である。問題は、しかし、薬と認めても、精々が微薬適効き目であって、劇薬ショックを与えるまで にはいってない。当方の思いつき提案に対しても、「研究してみましょう」と能よく逃げるのみ。あとは「欧米と都市構造が違いますから」「ガス抜きのため、 脱出道路は増設したいけど、ビルが林立し、それだけの土地の確保が難しくてねえ」と弁明、弁解ばかり。
大型ヘリコプターを使えば、事故車を吊り上げるくらいはたやすいはず。現に欧米では交通事故処理にヘリコプターが積極的活用されている。日銭5億円超の 首都公団だ。事故処理用大型ヘリを購入し、警視庁に贈呈すればいいではないか。ドル減らしのため、高額な政府専用大型飛行機を買うよりも、即効性は高いは ず。

渋滞時向け緊急脱出にしても、ループ上のゆるやかな道路にこだわるため、用地不足の言い訳が出てくる。極論すれば、道路沿いに大型リフトを維持して脱出希望車両だけを一般道路に降ろせるようにすればいい。
要は渋滞日常化の現状認識度である。それほどの非常事態と認めるかどうか。あとは、やる気の有無を問われるだけ。

トライ アンド エラー。試みて、効果が上がらなければ、また別のことに挑戦する。日本の官僚社会には、失敗を恐れるあまり、まずトライしてみるとの精神がなさすぎる。だ から和合氏のような”劇薬人間”が危険負担を覚悟のうえで、もっともっと体制挑発行動を起こしてくれたほうがいい。


この文書は昭和63年に内藤国夫氏により執筆されたものである。

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